アコギな誘惑、無限の弾き語り

アコギで弾き語りをしている「ふじみき」です。 アコギや弾き語りにまつわる事を色々と書いています。

恐ろしく高額な「Martin(マーティン)D-45」を見て浮かんだひねくれた思い

身の丈にあったというか、実際自分の買える価格帯の
アコギをアレコレ見るのがほとんど。

なので3桁万円のモデル等は、楽器というよりも
芸術品のような目で見てしまいます。

Martin マーチン D-45 Authentic 1942 Dreadnought アコギ

Martin マーチン D-45 Authentic 1942 Dreadnought アコギ
価格:8,044,700円(税込、送料別)



例えばコチラ↑↑の「Martin(マーティン)D-45」
Authenticの特別モデルだけに恐ろしい値が。

一方レギュラーの「D-45」↓↓。

MARTIN 《マーティン》 D-45

MARTIN 《マーティン》 D-45
価格:905,600円(税込、送料込)



僕にはコレでも充分恐ろしい価格ではありますが
先ほどの「Authenticモデル」と比較すると約9分の1。

こんなの見ると浮かんでくるのが

『この価格差は正体は何なのか?』

という疑問。

・手間が9倍かかっているのか
・材のコストが9倍かかっているのか
・そして9倍いい音がするのか


単に価格とこのようなモノを比較するのは、愚かな事と
思ってはみるも、こうも違うと考えちゃうのが庶民の悲しさ。

ここに機能や作り、音とは違う

『ブランド』

という価値があるのは、誰もがわかっているも
その価値の正体の本質が誰もがわからないのがソレ。

...結局、夢が無いのかなぁ~僕は。

正体のわからないモノに投資できない気質

なのかもです。